大東駿介の生い立ちはネグレクト!母親は恋人と駆け落ちし子どもを残して消える

大東駿介さんの壮絶な生い立ちをご存知でしょうか?

父親と母親が蒸発していたと言われていますが、ひどいのは母親のネグレクトでした。

今回は「大東駿介の生い立ちが壮絶すぎる!母親はネグレクトで恋人と駆け落ち」というテーマでお届けします。

大東駿介さんは子供の頃の家族関係のトラウマによって、自分の結婚生活にも影響が出ていたようですが、だからと言って水川あさみさんとの不倫はチャラになりませんよね。

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大東駿介の生い立ちは壮絶なネグレクト!

大東駿介さんの生い立ちはかなり壮絶!

父親と母親、それぞれとどのような関係だったのかを紹介していきます。

大阪府堺市出身

大東駿介さんは大阪府堺市の出身です。

1986年生まれなので昭和60〜70年代に壮絶な経験をしたことになります。

母親はネグレクトで恋人と駆け落ち

そして母親は中学校2年生の時に大東駿介さんを残し蒸発してしまいます。

クリーニング店を営んでいた母親は、近所に用事がある際店のシャッターを半分下ろしておくことがありました。

ある日大東駿介さんが学校から帰宅したとき店のシャッターが半分閉まっており、家の中には少しの現金が置いてあったそう。

その日、母親は帰ってきませんでした。

そうして母親がシャッターを半分閉めて出かける日が多くなり、帰ってこない日数も少しずつ増えていったそうです。

そしてある日お金を置いて出て行ったきり二度と帰ってこなくなりました

恋人と駆け落ちした説が濃厚ですね。

そんな映画やドラマのようなことが本当にあるのだとショックでした。

小3の時に父親が蒸発する

父親の職業はタクシードライバーでした。

仕事柄、普段からなかなか家で顔を合わす機会がなく、ゆっくり会えるのは誕生日の日だけだったとか(しかもタクシーの中)

父親は大東駿介さんが小学校3年生の時に突然蒸発してしまいます。

蒸発と言っても理由は両親の離婚

父親が何も言わずに家を出て行ってしまったことで「蒸発」と言われているようです。

悲しいですね・・

大人になってから父親の居どころが分かりましたが、大東さんは会うことを頑なに拒否します。

自分を捨てた父親になんて会いたくないという気持ちが強かったのでしょう。

しかし30歳手前で「やっぱり会っておこう」と思った時には父親は亡くなっていたそうです。

大東駿介は母親が蒸発して中学生で一人暮らしに

兄弟がいなくて一人っ子だった大東駿介さんは、母親が帰ってこなくなったことで中学生から突然一人暮らしになってしまいます。

その当時の様子は悲惨で、心もかなり荒れ果ててしまいました。

  • 部屋のライフラインは止まる
  • 食事は自宅に残っていた小銭で駄菓子を買う
  • お金がなくなると中学校の先生に菓子パンをもらう
  • うさぎのフンが部屋に散らかったまま寝る
  • 鏡に向かって大声で叫ぶ
  • 世の中に怒りしか感じなかった

家がクリーニング店を営んでいたので、レジに残っていた小銭で駄菓子を買って生活していたそう・・

誰も信じられない状態だった当時を「野良犬みたいだった」と表現していました。

引きこもった大東さんを救ってくれたのは友達

そんな環境から引きこもりになってしまった大東駿介さんですが、友達が半ば強引に家に入ってきて大東さんを救い出してくれたと言います。

持つべきものは友達ですね。

もしもこの時友達が強引にでも家に来なかったら、大東さんの人生は今とは違ったものになっていたかもしれません。

母親が蒸発した後は叔母に育てられる

そんな環境で生きていけるはずもなく、大東駿介さんは叔母の家に引き取られ実の息子のように育てられてきました。

叔母の家での生活は高校生まで。

高校卒業と同時に俳優になるために上京し、従兄と一緒に生活をはじめました。

大東駿介さんは両親が蒸発した後に自分を引き取ってくれた叔母にとても感謝しており、まだまだ恩を返せていないと語っています(A-Studio)

大東駿介はネグレクトのトラウマで「家族」に拒否反応

2020年6月4日、大東駿介さんが結婚して子供も3人いたことが明らかになりましたが、家族関係は両親蒸発のトラウマが大きく関係していました。

「家族」への拒否反応から別居を選択

大東駿介さんは2015年12月に現在の奥さんと結婚しました。

第一子の妊娠が分かって入籍したものの、大東さんは奥さんや子供と一緒に生活することを拒否します。

ぼく自身、幼少期に家庭が崩壊していたこともあり、そのときには家庭を持つという選択肢が持てなかったんです。そこで、責任は取るし、妻と子供を支えていくけれど、ぼくはぼくで生きていきたいと、妻に了承してもらったんです。

奥さんも壮絶な大東駿介さんの過去を知っていたからこそ受け入れたのでしょう。

大東駿介さんは自分が両親に捨てられた経験がトラウマとなり、「家族」というもの自体にに拒否反応があったと言います。

自分は家族という言葉にどうしても拒否反応があって、誰かが家でぼくの帰りを待っているというのがダメだったんです。

家庭が崩壊する様を身をもって知っているので、あるものがなくなっていく絶望を子供に味わわせるくらいなら、初めからつくりたくなかったんです

あるものが無くなっていく絶望を子供に味わわせたくない

大東さんはこうコメントしていますが、本当は「いつか家族が自分の元からいなくなるかも」という恐怖の方が強かったのでは?と感じます。

2020年4月からは家族5人で一緒に生活をするようになったそうなので、幸せな家庭というものを実感できていると良いですね。

家族と別居していても子供は計画的に作る

しかし、かなり疑問に感じるのは子供が3人いること。

「家族」という言葉に拒否反応があり一緒に住むことが出来ないのに、2人目以降は計画的に子作りをしていたそう。

2人目は計画的でした。ぼくがいられない分、家族という形をつくってあげたかった。お前が家族になれ、というお叱りの声があるのはわかるが、長男にとってもいちばんの理解者として、きょうだいがいるといいんじゃないかと思ったんです。

引用:NEWSポストセブン

兄弟がいると良いんじゃないか

大東駿介さん自身が一人っ子だったことも理由の一つだと思いますが、ワンオペで子供を育てる奥さんは大変だったのではないでしょうか。。

大東駿介の生い立ちが壮絶すぎる!まとめ

大東駿介さんの生い立ちがかなり壮絶という噂は聞いていましたが、深掘りしてみるとかなり闇が深かったですね。

父親が離婚を機に出て行ったところまではわかるのですが、母親は恋人と駆け落ちでもしたのでしょうか。

中学生の息子1人を置いて出ていくというのはあまりにもネグレクトが過ぎますね。

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